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                                            広島芸術学会会報 第110号

 

 

「対話型」の美術鑑賞
谷藤 史彦

 最近、美術の鑑賞教育に関心が集まっている。
 新しい教育指導要領の完全実施が、小学校で来年度、中学校で再来年度と迫り、かつ美術教科の「鑑賞」において美術館との連携がうたわれているからである。
 美術館にとって、小中学生に対する鑑賞指導はとても重要な教育普及事業であるし、これなくしては地方美術館の存在意義はありえないと言える。教育普及の専門部員を置いている美術館はこれまで積極的に取り組んできているが、そうでない美術館でもどのように取り組むのかが今まさに課題となり、全国的なテーマとなっているのだ。
 私の勤めるふくやま美術館でも、遅蒔きながらこれを最重要の課題として取り組んでいる。これまで児童画コンテストの開催により「表現」の指導を促してきたが、「鑑賞」にも力を入れようというのである。そのポイントは、「対話型鑑賞」にあると考えている。従来の団体説明では、美術館での「触らない、走らない、騒がない」というマナーと、展覧会の時代背景や作家・作品の説明という、子どもたちにとっては何とも退屈な話が中心であった。それを作品の第一印象や頭に浮かんだ言葉を紡ぎだして子どもたちとコミュニケーションしていく「対話型」に変えようというのである。
 これは、十数年ほど前から日本にも導入されてきた、ニューヨーク近代美術館のエデューケーターであったアメリア・アレナスの開発した手法である。「この絵のなかで何が起こっているのでしょう?」という独特の問いかけで始まる子どもたちとのコミュニケーションは、日本の美術館人たちに新鮮な驚きをもたらした。
 こんなことを言ったら笑われるかもと、内に秘めていた感想を、言葉に出してみてもいいんだと軽い気持ちにさせてくれた。そして作品や作家についての確定的な情報をあまり与えないということも目から鱗であった。
 確かに最初に情報を与えてしまうと、純粋に絵を読み取る機会を奪うことになる。私たちは無理やり子どもたちに美術史を押し付けていたのである。
 考えてみると、学校の教科の中で答えが何通りもあるのは美術だけであり、何通りもの答えを考えさせる授業の形式は「対話型」しかありえないと感じている。子どもたちの個々の能力に応じ、主体的で能動的な鑑賞を実現させ、さらには子どもたちの言語能力に刺激を与えていく、そんな型の鑑賞が静かに各地の美術館に浸透しつつある。

(たにふじ・ふみひこ ふくやま美術館)
2010年12月27日発行



受賞のお知らせ
金田 晉会長「平成22年度地域文化功労者文部科学大臣表彰」

 本学会の金田晉会長が、平成22年度の地域文化功労者として、本年11月9日、霞が関の文部科学省講堂にて文部科学大臣により表彰されました。この章は、各地域において、芸術文化の振興、文化財の保護に尽力するなど地域文化の振興に功績のあった個人及び団体に対して、その功績を讃え文部科学大臣が表彰するもので、昭和58年度から実施されています。今年度は全国で総数87件、その内訳は個人75件、団体12件です。
 金田先生は、広島県に於ける芸術文化の分野での永年の顕著な功労が認められてのご受賞です。具体的には、永年にわたり、広島県博物館協議会会長、東広島市立美術館協議会会長の要職にあって、地域の芸術文化の発展に貢献されてきたことが、功績として認められたものです。加えまして、平成20年度に広島県教育賞を受賞されていることにも示されるように、上記役職以外にも、広島県に於ける文化芸術活動全般への長きにわたる多面的な貢献が高く評価されて、広島県から推薦されてのご受賞です。
 金田会長の長きにわたるご活躍、ご貢献が更めて認められ、文部科学大臣により顕彰されましたことは、ご本人はもとより、広島県に於いて芸術文化活動の一端を担い、その振興に尽力してきました本学会にとっても、まことに名誉なことと思い、慶賀すべきこととして、広く会員の皆様にお知らせいたします。



第24大会報告

研究発表①

アジア 画に於いてネオリアリズムを理解することについて:
黒澤の「IKIRU/生きる」とサタジットのPather Panchaliを例として
発表:広島大学大学院 エラヒ モハメド トウフィック
報告:広島大学 青木孝夫

 エラヒ氏の研究発表の主眼は「アジア映画の視点からネオリアリズムの普遍性と可能性を問いなおす」ことであり、この課題を有名な二人のアジア人監督の作品「黒澤明の『生きる』とインド人サタジット・レイの『大地のうた』の分析」を通して追究することであった。氏はバングラデシュ出身の 画研究者であり、ベンガル地方の貧乏一家を描いた傑作『大地のうた』(ベンガル語の英語表記ではPather Panchali、英語タイトルSong of the Little Road、1955)を扱い、黒澤の『生きる』(1952)とも比較した研究発表は、興味をそそるものであった。タイトルが示すように、研究発表の狙いは、戦中戦後のイタリア映画と結びついた「ネオリアリズム」を、より大きな歴史的文脈に置き直すことで、この藝術概念を、イタリアの歴史的背景の中で深く理解しつつも、一方で普遍化し、その可能性をイタリアの拘束から放ち、他方で歴史的文化的多元性の中、とりわけアジアに於いて豊かに肉付けしようとするものであった。
 比較の基軸となるのは、イタリア・ネオリアリズム 画の歴史的美学的背景である。一般に、ネオリアリズムは、第二次世界大戦の最中或いはその後に現れた旧式のイタリア映画の幻想的で感傷主義的な主題や手法を拒否し、野外撮影や「写実主義」的な映画手法を採用し、社会正義的主題に関心が向けられ、戦争や貧困、戦後復興、失職、苦悩が扱われ、厳しい生活の中での民衆の道徳的な健全性を擁護するメッセージ性が特徴的である。ネオリアリズムは、映画制作の手法や表現スタイルの変革と関わりつつ、他方で、描写内容に関し独自の道徳的関心を抱いていたのである。取り上げられた作品ならびに監督は、ロッセリーニやヴィスコンティあるいはまた『自転車泥棒』など著名であり、聴衆の興味を惹いた。
 こうしたイタリア・ネオリアリズムの基本的な把握の上に、アジアの二人の著名な監督の作品が位置づけられ比較対照された。
 『生きる』や『大地のうた』という作品には、近代化の過程での経済的な困窮や勤労者の苦悩をリアリズムの手法で描く点で、たしかにイタリア・ネオリアリズムの主題や制作姿勢と共通のものが見出せる。この点に関するエラヒ氏の指摘は、視聴覚 像を利用した具体的な作品分析を含む比較検討を通し明快であった。その一方、社会背景や物語の展開を越えて、映画作品の表現や手法に関するより具体的で精緻な分析が必要であり、この点に関する展開が今後の課題と思われた。
 以上、該概念の歴史的背景や具体的な作品分析を含む研究発表は、最新の映画研究や関連文献への言及も怠りがなく興味深い上に、裨益させられたが、英語でなされた研究発表を聴衆が必ずしも容易に解するとは限らない以上、発表の梗概や資料を、予めもう少し丁寧に翻訳し会場で配布する等の配慮があれば、なお良かったと思う。
 英文発表タイトルUnderstanding Neorealism in Asian Cinema: Kurosawa’s Ikiru and Satyajit’s Pather Panchali


※シンポジウム「映画で描く人、街、営み」その後について

  大会当日、研究発表に続いて開催されたシンポジウム「映画で描く人、街、営み」にパネリストとして参加され、「広島の街なかの映画館の灯を消してはならない」と熱っぽく語られたサロンシネマ・シネツインの蔵田順子氏。それぞれの個性を持つ4つの映画館に加え、この秋、広島市中区八丁堀の福屋デパート8階に5つめの映画館「八丁座」をオープン。しかも館内のデザインは、あの日講演された映画美術監督の部谷京子氏が監修されたとのことですから、気になりますね。まだ訪れておられない方は、ぜひ一度!

(事務局・米門記)



第92回例会報告

「秋の下蒲刈島で文化を語ろう」
高原 小夜

 下蒲刈島は古い歴史と文化に支えられ、豊かな自然の中で育まれた由緒ある町だ。古来内海交通の要衝として栄え、海の関所「海駅」であった。江戸時代には「朝鮮通信使」の寄港地として大きな役割を果した。今日、安芸灘大橋を渡ると、島には「ガーデンアイランド構想」下で建設され、また各地から移築復元されたさまざまな邸宅、文化施設が美しい海を背景に並んでいる。なかでも緑豊かな落ち着きと潤いのある庭園は「松濤園」と命名され、まさに「庭宅一如」の風情だった。
 9月25日(土)、今年は暑い日が続く9月だったが、当日は秋の気配が感じられる気持ちのいい日になった。3台の車に分乗して現地の駐車場に集合。ゲスト5名、会員6名の総勢11名。12時少し前に現地に到着。まずは駐車場前にある海鮮割烹「安芸三之瀬」で腹ごしらえ。船が行き交いしている瀬戸を眺めながら、見て食べておいしい料理に皆大満足。少し散策しながら第一部の会場、松濤園蒲刈島御番所(復元)大座敷に移動した。
 大きく開け放たれた座敷には潮の香風が吹き渡り、なんとも爽やかな中、第一部リレー討論会「文化による島おこし、地域おこしはできるか」が金田会長の司会で始まった。まず金田会長が、平成3年の蘭島閣美術館の開館以来の、この島の文化による島おこしの歴史を概観。つづいて広島県総務局海の道プロジェクトチーム主任渡辺香織さんが、現在県が取り組んでいる瀬戸内海海の道構想を説明。この構想は瀬戸内海の資源や人をつなぎ、それを国内外に積極的に発信してゆこうとするものである。祭、イベント、歴史、食、交通、エコなどあらゆる分野でのネットワークを組織し、特にアート部門では瀬戸内アート廻廊(仮称)を構想中とのこと。その後参加者を交えた活発で自由な討論が続いた。
 第二部は施設見学会。まずは朝鮮通信使資料館「御馳走一番館」。蘭島文化振興財団副理事長柴村啓次郎さんに解説をいただいた。朝鮮通信使は浅野藩の接待所として11回寄港し、その歓迎ぶりを、幕府に問われて「安芸蒲刈御馳走一番」と絶賛したという。船の模型や御膳料理の再現は圧巻であった。次に三之瀬御本陣芸術文化館の特別企画展「堂本印象の世界」を鑑賞。堂本印象は日本画の革新を目指した京都を代表する日本画家で、常に創 的発展を志した。のどかな雰囲気の情景の少女、可愛く、緻密な筆致の動物、ヨーロッパをモチーフにしたシュールな構図、モダンアートなど変化に富んだ構成、技法が興味深かった。蘭島閣美術館、陶磁器館なども鑑賞。売店でじゃこ天やひじきなどお土産を買って、4時半現地解散して帰路についた。

(たかはら・さよ 造形美術研究所)



投稿・エッセイ
ギターからパイプオルガンへ
広島大学 袁 葉

  カフェの角をひとつ曲がると、広場に夕もやに包まれたバルセロナ大聖堂が現れた。
 地図を頼りに辿り着いた達成感もつかの間、堅く閉ざされた扉を前に、それはどこかへ吹き払われてしまった。
 と、その時、どこからかギターのメロディーが流れてきた。 画『禁じられた遊び』。その音色に導かれるように、私たち二人は大聖堂の横の路地に足を踏み入れた。
 やがて、小さな広場に出た。漆喰が剥がれ落ちた壁をバックに、黒の革ジャンに白い綿パン姿の演奏者。箱にコインを入れて、石段に腰を下ろした。 
次から次へと名曲の♪が壁に跳ね返っては、冬の空へ消えてゆく。
街灯が点ったばかりの路地には、いつの間にか人通りが増えている。人々の流れを目で追うと、通りの奥の温かい光に吸い込まれていくのに気づいた。
 あれは大聖堂の裏口かも…。温まった石段を残して、人の流れに加わった。
門をくぐると、主祭壇に近い席はすでに人で埋め尽くされている。祈りを捧げる人もいれば、静かに言葉を交わす人もいる。玄関口からも続々と人が入ってくるのを見て、「今からミサが始まるのかも」と夫に言われると、急にワクワクしてきた。なにしろ、 画でしか見たことがないのだから。
 空席を探してキョロキョロしていると、コートの裾をぐいと引かれた。見ると、ラベンダー色のベールを被ったお婆さん。隣に目くばせすると、みんなで席を詰めてくれた。その笑顔に、素直に甘えさせていただいた。
私が紙に「6:00~?」とメモしてお婆さんに見せると、彼女は「6:00~」を指差して「スパニッシュ…」と、次に「7:00~」と書きながら「カタルーニャ…」と言った。言葉は分からないが、ここバルセロナがカタルーニャ地方の中心都市であることを思い出すと、もう見当がついた。たぶん、ミサはスペイン語とカタルーニャ語で2回行われるのだ。
 金色のベルをうち鳴らしながら司祭が登場し、いよいよミサ開始! 舞台の幕開けを見ているようだ。ふと思うと、13~15世紀にかけて建てられたというこの大聖堂、お婆さんたちが空けてくれたこのスペースに、一体どれだけの人が坐ってきたのだろう。そして、彼らはどんな運命を辿ったのだろう。
 パイプオルガン演奏、大司教の説教、信者による賛美歌……すべてが聖なるムードに包まれて進行している。説教の中に「マリア」と「ファミリア」という言葉が何度も出てきた。聖母マリアを敬う心と、家族愛の大切さを伝えているように感じられた。
 最後にはみんな立ち上がって、周りの人とお互いに手を握り合ったり、抱き合ったり。戸惑う私たちのこともまるで家族のように迎えてくれた。
1997年を締めくくるにあたり、遙かなる異国で温かい贈り物を受け取ったかのようだ。
 ミサが終了し、両側の通路で入れ替えを待っている人たちとすれ違いながら、この国の文化の多様性を実感する私であった。

 

                             

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