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広島芸術学会会報 第125号 ● 巻頭言 ペンデレツキ生誕80周年を迎えたポーランド
能登原由美(広島文化学園大学非常勤講師)
9月末、研究調査のため1週間ほどポーランドに滞在した。首都ワルシャワも古都クラクフも、すっかり冷たい風雨にさらされていて風邪を引いてしまったが、調査とともにもう一つの大きな目的だけは意地でも果たそうと、現地で購入した見慣れない風邪薬を疑いながら飲みつつ会場に足を運んだ。 その目的とは、ポーランドを代表する作曲家、クシシュトフ・ペンデレツキの生誕80周年を祝う数々の音楽行事である。60年に発表された「広島の犠牲者に捧げる哀歌」がその音楽的独創性により世界に衝撃を与えて以降、ペンデレツキは20世紀後半の作曲界をリードする。11月末に誕生日を迎えることもあり、新シーズンを迎えたポーランドではペンデレツキ作品の上演が目白押しとなっていた。だが、「国民的スター」を祝う行事に一年を通じて沸く母国ポーランドをみる限り、音楽史的評価を超えた存在の大きさに目を向けざるを得ない。 毎年9月後半に開かれる「ワルシャワの秋音楽祭」。彼の作品は常連ともいえるが、今年は大作《ルカ受難曲》が一夜を占めた。徹底した前衛的作風から伝統をも顧みた新たな試みへの出発点として位置づけられるが、政治的混乱が続く60年代半ば、国民の大半が敬虔なカトリック信者というポーランドに本作が与えた意義は計り知れない。カーテンコールでは舞台中央に大きな祝いの花輪が添えられ、不在の主役に会場が一体となり拍手を送っていた。 一方、故郷であり現在も居を構えるクラクフでの祝賀ムードはさらに大きい。 クラクフ・オペラは第1週目にペンデレツキのオペラ4作品のうち3つを上演した。このうち、初日に上演された《ルダンの悪魔》をみた。フランスの古い史話が題材とはいえ、69年の作曲当時、ポーランドに蔓延していた全体主義的抑圧への批判が根底にあることはよく知られる。作曲者自身による台本や音楽の内層が演技や舞台空間の構成にも反映され、見事な舞台であった。なかでも、圧倒的な歌唱力とともに俳優さながらの演技も見せた主役陣には、観覧した作曲者本人も大いに満足したに違いない。 クラクフ・フィルハーモニックは、シーズン初日に彼の代表作《ポーランド・レクイエム》を取り上げた。80年から数年をかけ創作された本作は、ホロコーストやカティンの森など大戦中にポーランドを襲った大量殺戮の犠牲者に捧げられるが、反政府運動弾圧事件など民主化への過程で被った犠牲者への追悼も織り込まれている。ここでも演奏後、作曲者が舞台に現れると同時にスタンディングオベーションの渦となった。 いずれも舞台から溢れんばかりの熱演であった。ただし、演奏の質のみをして甲乙をつけるには躊躇する。それは、これらの作品が、生々しい記憶と嘆きを共有する作者、奏者、聴衆によって、客体としてではなく主体として享受される場となっていたからではないだろうか。単に音楽様式や技術による判断では捉えきれない空間であった。 民主化から20年余り。音楽界にも若い世代が次々と登場し、老大家の脳裡に焼きつく凄惨な過去を知らない世代が多数を占めつつある。それとともに、こうしたペンデレツキ作品の受容の場もじきに変わっていくことだろう。一方で、頻繁に見かけた若い聴衆や、彼の名を冠して5月に開館した演奏家養成施設が今後のポーランド音楽界をどのようにリードしていくのか。期待とともに見守りたい。 ● 第104回例会報告 文化財と伊東豊雄建築の大三島周遊 報告:松田 弘(前広島県立美術館学芸課長) 去る9月21日(金)、広島芸術学会の野外例会として、愛媛県今治市の大三島にある大山祇神社宝物館、大三島美術館、ところミュージアム大三島、伊東豊雄建築ミュージアム、岩田健 母と子のミュージアムを訪ねました。 大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)は大山積神(おおやまつみのかみ)を祭神とし、山神、海神、渡航神として古くから尊崇をあつめています。2010年に建て替えられた総門には書の三蹟の一人、藤原佐里が揮毫奉納した神額「日本総鎮守大山積大明神」が掲げられ、この神社の意義と性格を知ることができます。 宝物館には全国の甲冑の国宝・重要文化財の内8割が収蔵されており、この分野では全国一のコレクションを形成しています。筆者が特に印象に残ったのは甲冑ばかりをまとめて展示していたコーナーです。色の退色を防ぐため照度は抑えられ、甲冑が群をなして佇んでいる光景は、なんとも特異であり、そこに古の武人の霊的なものを感じたのは私一人ではなかったのではないかと思います。 大三島美術館は大山祇神社のすぐ近くにあり、昭和後期から現代までの日本画を収集展示しています。ちょうどこの時は地元大三島の出身の村上佳苗氏の作品と館蔵品による特別展「いのりのかたち―この島に生きるもの―」(2013.9.20~12.23)を開催していました。 ところミュージアム大三島は平成16年に開館しました。所蔵作品は現代彫刻に限定され、ノエ・カッツ、マリソール、ジャコモ・マンズー、林範親、深井隆などの作品30点が収蔵展示されています。ここは美術館建築としてもユニークで、最後の展示室には休憩スペースがあり、無料のコーヒーが常備され、瀬戸内海の風景を一望しながら寛ぐことができます。この日は快晴で、瀬戸内の光と風に包まれ、人工の芸術である美術作品と建築が、自然の風光とうまく調和していました。 伊東豊雄建築ミュージアムは、建築家・伊東豊雄の設計による建築とは何かを提示する建築専門の美術館です。緩やかな曲線が支配する瀬戸内の風景に、突如として直線的な外観の美術館が出現することになります。伊東豊雄は直近のベネツィアビエンナーレ建築展において金熊賞を受賞し、現在、最も注目されている建築家の一人です。2011年の東日本大震災の後、被災した人々が住む仮設住宅「みんなの家」に、住人たちが集えるスペースを確保し、新たなコミュニティーの可能性を求めましたが、これらの作品がベネツィアで大きく評価されました。 岩田健 母と子のミュージアムは、前述の伊東豊雄の設計によるものです。彫刻家・岩田健の母と子をテーマにした彫刻43点が屋外展示されています。岩田健は慶應義塾幼稚舎で教鞭をとったことがあり、その時の教え子に、作曲家の千住明、ヴァイオリニストの千住真理子がおり、その縁でこの美術館では定時に千住明作曲、千住真理子演奏の「時の扉」という曲が流されます。屋根という造形がなく、青空に直結する美術館に、形のない芸術である音楽が流れる、という組み合わせには新鮮なものがありました。 今回訪れた美術館は、大山祇神社の宝物館以外は全て、今治市の文化施設です。しまなみ海道開通以来、今治市が美術館による文化と観光振興に積極的に取り組んでいる姿勢を強く感じるエクスカージョンとなりました。 なお、今回は、ふくやま書道美術館学芸員の髙橋哲也氏をはじめ、各美術館の学芸員のみなさんの解説などがあり、充実したものなりました。ここに感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。
● 蘭島閣ギャラリーコンサートについて 吉川昌宏(蘭島閣美術館 学芸員) 蘭島閣ギャラリーコンサート。毎月第3土曜日に蘭島閣美術館で開かれているこの小さなクラシックコンサートは本年ついに150回を超え、来場者もわずかずつ増加傾向にあります。各地の美術館でもコンサートイベントは頻繁に催されていますが、当コンサートは少々変わった趣きのあるコンサートとしてご紹介いただく機会が増えてきています。 小さなコンサートではありますが、毎回、第一線で活躍される奏者の方々にご出演いただき、若手からベテランまで幅の広いラインナップで年12回の公演を織り成しています。平成13年の開催当初より「本物の音楽に触れる機会」を提供することを目標として、特に出演者の調整には多くの関係者の尽力をいただきながら回を重ねてきました。なかでもサントリーホール・アソシエイトの原武氏には現在に続いて多大な尽力をいただいています。 開演時間は美術館が一度閉館してからとなる18時30分から。16時頃からボランティアのみなさんも集まり始めコンサートの準備が始まります。ホールに客席を並べ、反響板を組み立て、ライトや音響を調整し、と開場までのわずかな時間で準備が進んでいきます。当館の職員だけでは手が足りないところもあり、町内のボランティアの方の協力によって成り立っています。玄関の外では夕方頃からお客様が整列され始めます。近年は平均で170人前後のお客様にお越しいただけるようなってきています。半数以上は島の外から、そしてリピーターのお客様が多いというのも特徴的です。決して広くはない当館ロビーは開場とともにお客様の熱気で埋め尽くされます。環境の制約上、演奏者と客席の間が極端に近くせざるを得ませんが、それがひとつの特色にもなっています。普段は大きなコンサートホールで演奏される奏者の方にされると、観客の顔が見える距離で演奏するのは久しぶりで新鮮に感じられる、と喜んでいただけることも多々あります。演奏者の息遣いも聞こえるほどの小さなホールで演奏されるこのコンサートを指して、「まさに室内楽の本来的な姿だ」と感嘆される演奏者もおられました。客席と奏者の一体感に包まれた会場では時に演奏者と観客の会話も弾み、本コンサート独特の雰囲気となります。 一方で町内のボランティアの方とともに演奏者のおもてなしにも心を砕きます。街中のような豪華な寝食はなかなか自由になりませんが、地元の食材による手作りの食事や、島ならではの釣りやみかん狩りといった体験を通して、瀬戸内でのひと時を楽しんでいただけるよう工夫しており、忙しいスケジュールにもかかわらず、毎年出演をご快諾いただける演奏者の方もたくさんいらっしゃいます。コンサートの趣旨に賛同いただく多くの関係者のご尽力と、お客様のおかげで続いてきた事業です。今後も長く継続していけるよう注力していきたいと考えています。 (※ 最新情報は財団ホームページhttp://www.shimokamagari.jp/index.htmlに掲載しています。)
● 寺口淳治氏、第25回倫雅美術奨励賞受賞 会員の寺口淳治さん(広島市現代美術館副館長)が今年度の「倫雅美術奨励賞」(第25回)を受賞されました。倫雅美術奨励賞は倫雅美術奨励基金(美術評論家の故河北倫明・雅枝夫妻が設立)が主催し、毎年、気鋭の優れた美術評論、美術史研究、美術制作の活動に対して贈られる賞です。寺口さんは前任の和歌山県立近代美術館での田中恭介に関する一連の研究・展覧会が高く評価され、共同研究者と共に美術史研究部門での受賞となりました。お祝いを申し上げ、皆様にお知らせします。なお、贈呈式は12月12日(木)、東京・ホテルニューオータニで行われます。
● コンサートレポート 邦楽×デジタルアートの試み 第2回:琵琶・筝で描く現代 馬場有里子(エリザベト音楽大学) 9月28日(土)に広島市東区民文化センター(スタジオ1)で行われたこのコンサートは、同センターで開かれてきた「ノートジャパンの邦楽ノート」シリーズの一環である。企画・制作を手がけるのは、つい最近当学会への入会もされた伊藤多喜子さん。この日は「琵琶・筝で描く現代」というテーマで、奏者には薩摩琵琶の荒井靖水氏、筝の荒井美帆氏が迎えられた。2人の解説付きで演奏されたのは、それぞれの古典曲から1曲ずつ(《巌流島》、《乱れ》)と、現代のポピュラー作品の琵琶と筝による合奏(《戦場のメリークリスマス》)。加えて、荒井両氏による創作曲2曲(《沁臆》、《春宵》)も披露された。 筝はともかく、薩摩琵琶は一般にはなかなか直に聴くという機会がない。いざ間近で聴いて改めて、その音の深さに一々唸ってしまった。わけても引き込まれたのは古典の語り物《巌流島》。荒井氏の冴え渡る撥から出る音は、鬼気迫る激情や幽寂霊妙な気配を伝える媒体となり、聴く者に圧倒的な存在感をもって迫る。楽音と物音の狭間を自在に行き交いする一音一音のなかに、一つの世界がある。その基底に、日本文化における「物音」(更には静寂)の気配に対する奥深い感性があることは言うまでもなく、その感性がまた、雑味やゆらぎを個性とする伝統楽器の音を育んできた。西洋音楽やポピュラー曲を伝統楽器で弾く試みは、少しでも現代の聴衆に親しみをもって貰いたい気持ちからなのは分かるが、多くの場合、日本の楽器本来の持ち味や強みが活かされないぎこちなさ、不自然さが拭えず、中途半端な折衷であるように思う。伝統楽器に現代の感性を吹き込む創作の試みには、これからも期待したい。と同時に、日本の文化が育んできたこれほど奥深い古典の遺産に生で触れ、味わう機会が、この広島でももっとあって欲しいという思いを強くした。なお、この邦楽ノート企画、3月には今回の荒井靖水氏と電子音響音楽のRAKASU PROJECTのコラボレーションによる《耳なし芳一》が紹介されるそうだ。さて、こちらはどんな世界となるのか…。
● 美術館レポート 海外美術館事情~ル・アーヴル編:展示室での光 古谷可由(公益財団法人ひろしま美術館学芸員) フランスのル・アーヴルにある市立アンドレ・マルロー美術館に行ってきた。ル・アーヴルは、モネが作家活動をはじめたところで知られ、セーヌ川の河口の街、すなわち英仏海峡に面した海辺の街である。それゆえ、セーヌ川や英仏海峡(ノルマンディー地方)をテーマにした作品を広く収集し、印象派の作品のコレクションではパリのオルセー美術館に次ぐ規模を誇っているとされる。 このマルロー美術館は、海辺に面して建てられており、外観は白を基調としたリゾート地の美術館を思わせる明るい光にあふれたものである。展示室に入ってもその印象は変わらない。大きな窓が四方に向かって開き、そのうち2面からは海を見ることができる。さらに各展示室は小分けにされておらず、つまり2階建の展示室は大きなオープンスペースに壁を立てただけの構造である。それゆえ展示室全体が程よい光につつまれ、とても気持ちいのいい空間を作っている。光をふんだんに取り入れた印象派の作品を見るのにも好都合で、作品一つひとつも幾分輝いているように見える。 しかし、明るすぎはしないか。美術館で働くものとして最初の実感である。美術館は、よい環境でお客さんに作品を鑑賞していただく場であるとともに、後世に文化財としての美術品を伝えていくことをもうひとつの使命としている。鑑賞のことばかり考えるのではなく、保存に配慮しなければならないのである。 そうだとすると、マルロー美術館は光が入りすぎではいないか。直射日光はもちろん、間接光も、美術作品にとって(最近ではお肌にも)きわめて有害とされる紫外線が含まれている。本来美術館で使う照明器具は、一般家庭用・事務用とはことなり、ほぼ100%紫外線カットの特殊な照明器具を用いている。マルロー美術館の方に聞いてみると、やはり窓に特殊なフィルターを貼りほぼ100%紫外線をカットしているという。また、作品には直射日光が当たらないように工夫がされ、さらに小部屋にしなかったことで、紫外線がカットされた間接光が、部屋中にいわば乱反射して、実際の照度以上に(照度は日本と同じ基準で運用されているとのこと)明るく見えているという。 美術館照明におけるヨーロッパと日本との考え方の差が実はここにある。日本では、同じ照度でも作品を明るく見せるため壁だけに、あるいは作品だけに照明を当てている。それゆえ、スポット型の照明が主流である。新しくオープンした美術館の多くも、最新の設備であるLEDなどを使ってはいるが基本的に同じ考え方が多い。 かつてはヨーロッパもその考え方が多かったが、現在では、新しくできる、あるいは改築した美術館の多くが、逆の考え方を採用している。作品だけに照明を当てると、当然のことながら周辺の部分との間に照度の差が生じる(むしろ日本はそれを狙っている)。しかし人間の眼は明暗の差があるとそれに合わせるため微妙な調整を行う必要がある。それゆえ疲れるのである。全体をやや明るめにして(日本の場合より)、部屋全体の明るさを均一にする(ただし各作品には補助的にスポット照明が入っている場合が多い)ことで、眼の疲れを少なくし、また全体に明るい雰囲気を作り出すことを優先させているのであった。近年改築が完了した、アムステルダムのゴッホ美術館や、パリのオルセー美術館、オランジュリー美術館は、いずれもこのタイプの照明を採用している。それゆえ部屋中に光が溢れているように見えるのである。 現在でも意見(あるいは好みかも)は分かれる。個人的にはヨーロッパ型の照明の方が心地よいと感じる方も多いと思う。ただ、それには部屋全体の照明方法、すなわち天井はもちろん壁を含めた(あるいは床も)部屋全体の改築が必要であり、それ以上に、それぞれの作品に当たる光の量を判断する保存担当の専門的な学芸員が必要である。本来それぞれの状態の違う作品は、個々にその保存に耐えうる光の量も異なるはずである。この保存系学芸員の少ない日本では、まだまだ画一的なスポットタイプの照明が続くと思われる。それでも、最後は好みもあるので、日本型の照明の方がよいとする人もたくさんいるはずである。それぞれが作品の鑑賞環境と保存に配慮しながらも、さまざまなタイプの照明があることを知ると、また新しい美術館の姿が見えてくるかもしれない。
______________________________________________ ─事務局からのお知らせ─ ◆ 2012年度(2012年7月~2013年6月)の入会者〔五十音順、再入会を含む〕 石井佑子(一般、西洋近現代美術史)、尾川明穂(一般、中国書画理論)、吉川昌宏(一般、広島の近代美術)、グエン ルオン ハイ コイ(学生、美学・文学)、越川 道江(一般、絵画)、小林 弘樹(学生、上演芸術論、芸術支援論)、崔 香(学生、東アジアの美意識)、酒井麻未(学生、アート教育)、城市 真理子(一般、日本中・近世絵画)、田之頭 一和(一般、音楽美学)、恒賀 康太郎(一般、17世紀オランダ絵画)、永田祥子(学生、文化施設における学び)、福田 道宏(一般、日本近世近代絵画史)、福光 由布(学生、美学・中国芸術論)、付 麗佳(学生、比較美学・舞台芸術・芸能)、向井 能成(一般、広島の近現代絵画史)、楊 小平(一般、文化人類学)、羅 思思(学生、美学・映像・日本的美意識) ─会報部会からのお知らせ─ ・会報の送付に際して、会員の方々が開催される展覧会・演奏会などのチラシを同封することが可能です(同封作業の手数料として、1回1000円をお願いいたします)。ただし、会報の発行時期が限られていますので、同封ご希望の場合、詳細についてはあらかじめお問い合わせをお願いします。次号の会報は、2月上旬に発行の予定です。 ・会員の関係する催し等の告知についても、会報への掲載が可能です(今後は、学会ホームページの活用も予定しています)。こちらについても、詳細は下記までお問い合わせ下さい。 (会報部会:082-225-8064、baba@eum.ac.jp)
次回第105回例会のご案内
下記のとおり第105回例会を開催いたします。お誘いあわせの上、多数ご参加ください。 なお、例会終了後に懇親会(忘年会)を予定しています。
日時:2013年12月21日(土)14時~16時 場所:ひろしま美術館 講堂(広島市中区基町3-2 TEL: 082-223-2530)
● 研究発表① ファン・ゴッホの初期作品における色彩および技法―《農婦》の非破壊科学調査の内容について― ● 研究発表② 廃墟/遺構を観光する―ダークツーリズムと「美」的体験のはざま―楊 小平(広島大学大学院国際協力研究科 客員研究員)
<発表要旨> ① ファン・ゴッホの初期作品における色彩および技法―《農婦》の非破壊科学調査の内容について― 今年、県下の美術館で、ファン・ゴッホに関連した展覧会が立て続けに3本開催される。県立美術館の「ゴッホ展」を皮切りに、現在ひろしま美術館で開催中の「ハーグ派展」、そして年明けに県美で予定されている「印象派を超えて展」である。各展では、それぞれパリ時代、オランダ時代、アルル時代の作品が紹介され、年代順ではないがファン・ゴッホ芸術の初期から円熟期までを通覧することができる。 今回の例会では、初期のオランダ時代にスポットを当て、画家の道を歩み始めたばかりのファン・ゴッホが、どのような色彩・技法を駆使し、どういったテーマを探求していたのか、ウッドワン美術館所蔵《農婦》の科学調査結果を踏まえて言及したい。 《農婦》(1884-85年制作)は、貴重な初期作品の一つでありながら、今から約60年前に施された修復や変色のため、本来の顔形や色彩が大きく変わってしまっている。その真実の顔に迫るべく、一昨年前の夏、ウッドワン美術館は吉備国際大学と合同で調査を実施。蛍光X線を用いた非破壊調査により、ファン・ゴッホが用いたオリジナルの絵具の特定を行うと同時に、修復前の古い写真からオリジナルの筆致を読み取り、描かれた当初の色彩で復元模写の制作を試みた。この《農婦》と復元模写は、一連の調査研究の成果をまとめたパネルとともに、現在、例会会場(ひろしま美術館)で開催している「ハーグ派展」にて公開中である。発表の内容とあわせて、是非作品を実見していただきたい。
② 廃墟/遺構を観光する―ダークツーリズムと「美」的体験のはざま― 紅葉が染める秋の夜。広島平和公園内にある元安橋に立ち対岸を眺めると、半月が爽やかな白い光を発している。そして、その光の袂には原爆ドームが荘厳と佇み、その姿は静かに川面に映されている。原爆ドームの背後にあるビルは光を発し始め、ビルとドームの間、相生橋を走り抜ける路面電車は、秋の美しい風景に動きを与える。思わず「きれい」という言葉が脳裏に浮かぶ。しかし、廃墟のドーム、無数の遺体が浮かぶ元安川を思い返すと、美しい情景は灰色と化してしまう。 本発表では、「死」や「災害」といった、人間にとっての耐え難い苦難の体験を観光対象とする「ダークツーリズム(dark tourism)」を紹介し、廃墟/遺構を観光する実践と「美」的体験について論じる。日本において原爆ドームは観光資源として機能しており、日本人にとって非常に馴染み深い観光形態である。一方で、中国では戦争の記憶を「灰色記憶」、戦争の遺構や遺物の観光を「紅色観光」と称するように、廃墟や遺構の観光を「ダーク」、「紅色」という色で表現する。発表では、日本と中国の事例を取り上げ、それぞれの文化的文脈において廃墟/遺構を観光する悲しみと「美」的体験に揺れ動く人々の心を分析するとともに、欧米のダークツーリズムという概念の適用の可能性を検討する。
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